月明かりの照らす夜の店


 僕はその日、ある噂を耳にした。同じ高校に通う女子達の聞きたくもない会話を休み時間中延々と聞かされ続けて、その話題の中で、ひとつ気になる噂を聞いた。

 僕はその噂について、嫌な噂ばかりに詳しい友人である竜間雄也に聞く事にした。雄也は小さい頃からの知り合いで、昔はよく公園で遊んだり、家で一緒にゲームしたりしていた。そんな友人だからこそ、僕は気兼ねなく半分冗談を混ぜながら聞くことができた。

「なあ、女子達の話しを聞いたんだけど、夜にしか現れない店の話なんだけど、なにかしらないか?」

 そう、僕が気になった話題とはそのことだった。夜にしか現れないという店の話だ。

 その話を短く、簡潔に雄也に伝えると、

「俺が知っている限りでは、五丁目の空き地に現れる事ぐらいだぜ」

 僕のその面に対しては頼りがいのある友人、雄也は僕にそう言った。それしか情報は無いと言われたが、まだ何か隠していそうだとも思ったが、深く勘ぐってもし方が無いので、僕は夜に現れる店とやらに実際に行ってみようと決断した。

 そんな事をしていたら、休み時間が終わってしまった。すこしトイレにいきたかったが我慢するしかなかった。結局、僕は次の休み時間までトイレを我慢し、授業が終わるとすぐにトイレに駆け込んだ。

 トイレから戻ってきた僕は、なにをするでもなく、ただ平然と過ごしていた。クラスから見れば孤立していることになるが、いつものことだ、気にはならないことだ。そう思いながらも、僕は周りを意識してしまっている。そんな時は自分が嫌いになる。それでも、僕は僕であり他の何物でもない。それだけは確かに言えることだった。

 そんな事を考えている内に今日の授業が終わる。授業内容はノートに書き込んだし、それなりに覚えられたので、今日の勉強はいいほうだった。たまにだがノートをどうとって良いかわからず、そんな日は何をやっても駄目で、そんな自分が本当に情けなくなる。

 だが、今日はいい方の日だったので、今日は満足して帰路につくことができた。

 僕は帰り道を一人で歩く。僕の数少ない友人達はそれぞれ集団で会話を弾ませながら家に帰るのだろうが、僕は一人でのんびりと帰るほうが僕自身に合っている気がする。

 そうして、僕は学校から歩いて十分の所にある家に帰った。帰り道で、雄也が言っていた空き地を見た。確かにそこには何も無く、店なんて物が期間限定でできているなんてことは想像もできなかった。だが、実際に確かめて見ないとわからない。だが確かめられるのは夜になってからだ。だから、今は家に帰って夕食でも食べたいな、なんて考えながら僕は帰り道を歩く。歩幅は均等ではなく、すこし粗い歩き方だが、それはそう覚えてしまったのだから仕方ないと思う。それ以前に粗くない歩き方というのもわからないが。

 

 そしてあっという間に家に着く。

「ただいま、母さん」

「お帰り、龍ちゃん」

 そう言い、出迎えてくれたのは僕の母親の華四季千秋という人物だ。当然、僕も同じ苗字だ、それに龍ちゃんというのは僕が母親から名前を呼ばれるときの呼び方で、僕の名前が龍司だから『龍ちゃん』となっている。正直、こう呼ばれると少し恥ずかしい。だから、

「龍ちゃんって呼ぶのもうやめて、龍司って呼んでくれよ、母さん」

「別に良いじゃない、龍ちゃん」

「だから、やめてくれって」

 そんな他愛も無い会話をしながら、僕は二階にある自分の部屋にいき、私服に着替える。当然、これは僕が毎日のようにやっている行動であり、特に予定が無い時でも一度私服に着替えるようにしている。これは、制服を汚しちゃ不味いのと、何か予定が入った時のために、私服に着替えといたほうが何かと便利だからだ。予定がまったく無い日もあるが、そういう時でもとりあえず着替えておいている。

 そして、着替えを終え、一階のリビングに向った。夕食を食べるためだ。

 席に着き、用意されていた食べ物食べる前に一言、

「いただきます」

 とだけ言って、僕は夕食を食べ始めた。

 

 夕食を食べ終えた僕はしばし自室でゲームをしたりして夜の八時まで時間を潰した。

 そろそろ、夜にしか現れない店に向かう事にした。母さんがこの時間に外出することを心配していたが、

「コンビニにいってくる」

 とだけ言い残し、僕は家から外にでた。季節は秋を迎えていたからだろうか、少し肌寒い。仕方なく僕は家に戻り、上着を着て再び外に出た。すこし顔と手が冷たいが、それぐらいは我慢できる耐久力は持っている。なに、少し手と顔が冷たくなって、ただそれだけだ、我慢できるものは我慢したほうが色々良い気がする。

 そうして、僕は五丁目、丁度僕が住んでいる近くの空き地に向った。歩くたびに強い風が正面から吹きぬける。寒いが、こういう冷たい風も悪くは無い。

 それにしても、夜にしか現れない店なんて噂が本当かは怪しいものだ、実在しているなら簡単に見つけられるはずだし、夜しか現れないって言うのも説明がつかない。ならば、なぜそんな噂が流れ始めたのだろうか、雄也がなぜ出現する場所を知っていたか、それは今の僕にはわからないことだ。

 そう思いながら、僕は目的地に着いた。そこはただスペースだけが開けられた、学校の帰りにも見た空き地だった。だだっ広いだけで、見た感じ何も無い。周りは柵で覆われていて、敷地内に入るのも一苦労だ。こんな場所に、夜しか現れない店なんてあるのだろうか? あると信じてきた僕にとっては、現在目の前の光景はとても寂しいものだった。求めていたものがない、それだけで僕は気を落とした。

 だが、突然に、

「君も夢与屋にきたのかい、少年」

 いきなり声をかけてきたのは中年風の男性だった。勿論知らない人だ。

「夢与屋ってなんですか?」

 僕のその率直な問いかけに対し、

「ああ、君は今回が初めてなんだね、じゃあ、入り方から教えないとな」

 そう言い、男性は柵をまたいで、敷地内に入り、また柵から外に出て、繰り返すようにまた柵の中に入った。すると、柵を超えたところから、まるで何かが消滅するように消えてしまった。突然の事に僕は思わずその光景に唖然としながら見入ってしまっていた。

 そして、今度は何も無い空間から中年男性の顔だけが現れた。さすがに僕はそれに驚き、思わず尻持ちをついてしまった。

「さあ、君も同じように、柵を超えて、また戻って、また柵を超えたら、こっちの空間に入れるから」

「わ、わかりました」

 僕は驚きながらも、なんとか身を立て直し、言われた通りに柵を超え、また戻り、また柵を超えた、その瞬間だった。僕の視界が歪み、そして、空き地とは違った、新たなる光景が目前に広がった。そこには、確かに月明かりに照らされた夜しか現れない店があった。店の横に大きく『夢与屋』と書いてある。夢与屋、それがこの店の名前なのかな。

「さあ、今夜限りの夢を一緒に見よう」

 そう言い、中年風の男性は僕の手を取り、まるで子供のような無邪気な顔で、僕を店の中に引き込んだ。

 店の少し重たいドアを開けると、そこはまるで本屋のような場所だった。棚にはいくつもの本が置いてあり、初めて見る限りではただの古い本屋でしかなかった。

「いらっしゃい」

 そう言いながら、店の奥から一人の女性がでてきた。

「なんだ、今日は新入りさんもご一緒かい」

 そう言いながら、頭を掻いて、面倒くさそうに本を一冊持ちながら机の椅子に座った。中年風の男性もそれに対するように机の椅子に座る。

「じゃあ、今日もお願いします」

「よし、わかったわ」

 そう言い、二人は何かの準備を始めた。机には水晶球と蝋燭が七本、魔法陣のような記号やら文字やらが刻まれてるシートを机にかけ、そしてその魔法陣の中心に水晶球、それぞれの位置に均等に七本の蝋燭が立てられていた。

「新入り君、ちょうどいいから、この光景を見ておきなさい」

 女性にそう言われ、僕はその光景を食い入るように見ることになった。

「さあ、はじめるわよ」

「お願いします」

 そう言うと同時に、水晶球が光り出した。そこに、女性は早口でどこの国か分からない言葉を発し、それに呼応するように水晶の光りと蝋燭の炎の揺らめきが増していた。

 そして、一塵の風が吹き、蝋燭の炎が揺らぎ、一本ずつ消えていく。最後の一本が消えたところで、女性は不可思議な呪文を唱えた。水晶の光りがさらに強くなる。

 そして、呪文を唱え終えると、気づけば男性は椅子に横たわるように眠っていた。

 女性は椅子から立ち上がり、本を一冊持って、男性の元へと近づいた。

 そして、次の瞬間、僕はあまりの光景に唖然とするしかなかった。突如女性はその細い腕を男性の頭部に進入するように入れ、そして一冊の本を抜き出した。

 そうして、両手に本を持った女性は、もう片方、最初に持っていた本を今度は男性の頭部に埋め込むように押し込んだ。男性には異常は見られないが、いったい何をしたのだろうか? 気になった僕は直接女性に話しかけた。

「あの、今何をしたんですか?」

「夢を交換したんだよ」

 ユメヲコウカンシタ? 最初、その言葉の意味がわからなかった。

「まあ、わからないのも仕方ない、なんせ、君がこれを見るのは初めてだしね」

 そう言うと女性は中年風の男性から抜き出した本を棚にしまい、そしてまた椅子に座った。そうして、煙草に火をつけ、吹かしながら僕に言った。

「今ね、この男の夢を交換したのさ、そして、男が考えた夢を見せてやっているんだよ」

「夢を、みせる?」

「そう」

 短くそう言いながら、女性は煙草を吹かす。僕は理解する事さえできないことだった。夢を見せる? 何のために? その答えは僕の考えでは一切、欠片さえもでなかった。

「つまり、私は人の見たい夢を与える仕事をしているんだ、ちなみに一回一万円で」

 続けざまに女性は言う。

「この男は常連でね、あと一時間もしたら目覚める。今回この男が見たかった夢の内容は秘密だが、この男が希望する夢をあらかじめ本に書いてもらって、それを夢として見せる、それが私。自分では私みたいな夢を与える者を『夢与士』って呼んでいる」

 夢与士、そう女性は言った。僕はそれを理解するだけで精一杯だった。

「よろしく、新入り君、私は相馬士葉、これから何度も顔を合わせる事になると思うから、君の名前を聞いておこうか」

 僕はなんとか言葉を頭の中で整理し、自分の事を名乗った。

「えっと、俺は華四季龍司、ちなみに高校一年です」

「まだ学生か、なら毎日ここにくる事は無いだろうね、一回一万円は学生に対して厳しい額だからね。まあ、それでも値下げはしないんだけど」

 そう言い、女性、士葉は苦笑いをしながら煙草を吹かす。

「さて、この男もあと一時間は起きないだろうし、ちょっと新入り、いや龍司に説明しておかなきゃいけないことがいくつかある」

「えっと、なんでしょうか?」

「まずはこの店のシステムからだ。この店はさっきも言った通り、夢を与える、正確には交換するのが主な仕事だ。それ以外に夢を消し去ることもできるが、そっちは受け付けていない。なぜなら、人の夢を消すことは私達の間ではタブーになっているからだ」

「どうして、タブーなんですか? それに他にも貴方みたいな人がいるんですか?」

 それを聞いた士葉ははぁ、と溜息をついて、

「そうだな、まず私みたいな夢与士は他にもたくさんいて、ここと同じ楊に夜にしか現れず、人に夢を提供している、そしてなぜタブーかというと、人は夢を必ず見なくてはいけないからだ。人間は毎日確実に夢を見ている。朝起きた時に覚えてなくてもだ。だから、夢を完全に消してしまうと、私生活に支障が出てくるんだ。例えば、突然眠気が襲ってきて倒れたりする。つまり、体が夢を欲しているんだ」

 最後に、少し長かった説明だったかな、などと士葉は言って、ふたたび煙草を吹かした。

 僕はというと、その説明を理解するので手一杯で、なんとか考えて、理解し、それを自分なりの解釈で脳内に刻み込んだ。

「あの、つまりそれぞれが見たい夢を本に書いて、それを脳内に入れることで、見たい夢を見させているってことですか?」

「その通り」

 そう言い、士葉は店の奥にいって、本を一冊持ち出し、それを僕に手渡した。

「あの、これは?」

「初回はサービスだから、無料で一回は好きな夢を見させてあげるよ、これに見たい夢を書いて、また好み店にくるといい」

 そう言いながら、士葉は煙草を吹かす。僕は煙草の煙が嫌いなので、なんども煙草を吹かすこの人は嫌いな人種だったが、不思議と嫌悪感を感じさせはしなかった。今日の僕は色々とありすぎて、どこかの感覚が麻痺して閉まっているのかもしれない。

「さて、そろそろいい時間だ、子供は家に帰って寝なさい」

 僕は置いてある時計を見た。時刻はすでに午後十時を回っていた。

「や、やばい!」

 もうこんな時間になってしまったのか、僕は本を持ったまま、急いで店を出た。柵を超えて、振り返る。そこにはもう、夢与屋の姿は無かった。

それから、家につくと、両親になぜこんなに遅くなってしまったのかを説明できるわけも無く、僕は散々叱られた後、部屋に戻って寝る事を許された。

ふう、と溜息をついて、僕はパジャマに着替え、そのまま眠ろうとしたが、夢与屋の事が気になって眠れなかった。仕方なく僕は机に向い、士葉からもらった本に夢を書いた。

そして、ある程度眠気がきたところで、僕は眠りについた。

 

 

 その日、僕は夢を見た。いやな夢だった。学校でいつものように、一人だけ取り残され、他の生徒達は気づけばいなくなっていて、僕一人が席に座って、ただ授業開始のチャイムがなるのを待っている。いつもの光景だが、夢の中で見るのは初めてだった。

 そこで、誰もいないはずの教室では、なぜか生徒達の声が聞こえた。

「ねえ、華四季ってキモくない?」

「キモいキモい、いつも一人でいて、きっと友達もいないのよ」

 なぜか、その時は僕に対する悪口ばかりが聞こえた。

「ほんと、死んでいなくなっちゃえばいいのに」

 女子生徒の声が僕の耳に届く。そして、次々と罵倒と悪口を混ぜた言葉が僕に降りかかった。僕は耳を押さえ、必死に聞こえないようにしたが、頭に直接声が響いて意味が無かった。ぼくはこんな夢は見たくない、早く夢から覚めてくれ、僕の精神が耐えられない。

 それがしばらく続き、僕の精神も限界を迎えようとしたとき、ようやく目が覚めた。

おきてすぐ、僕は吐き気を催し、急いでトイレにいって吐いた。気持ち悪いぐらいにリアルな夢だった。吐いても尚気持ち悪さは収まらず、再び吐いてしまった。その後、十数分をかけてなんとか正常な精神状態に戻った僕は、自分の部屋に戻った。時計を見る。時刻は午前一時、まだもう一回眠ることができる時間だ。だが、僕はもう一度同じ夢を見そうで、怖くて眠る事ができなかった。なので、僕は寝るのを諦め、椅子に座り、机に手をついた。机には書きかけの本が置いてある。僕はその本を完成させようとした。他にする事も無かったし、丁度いい時間潰しにもなると思った。そして、僕は書き始めた。

 

それから、朝までの時間をかけて、本を完成させた。

そして、僕は寝不足のまま、制服に着替え、朝食を取り、

「いってきます」

とだけ言い残し、僕は学校にいくため家をでた。

行きの道で、僕は夢与屋があった空き地を通った。そこには当然ように何も無く、試しに柵を超えて、また戻って、また柵を超えてみたが、夜の時とは違い、店が現れる事は無かった。そんな事をしている間に時間は過ぎ、このままだと遅刻になるので、僕はその場を去った。そう言えば、店が無い時の士葉はいったいどうしているんだろうか? 疑問に思ったが、僕は深く追求はせず、その事はとりあえず置いといて、また夢与屋に行くときに聞けばいい話だ。今日も夜抜け出して行こうと思っている。

そんな事を考えている間にも時間は刻々と進み、僕は急いで学校に向った。

そして、登校時間内に校門から学校に入り、無事に席につくことができた。

そこで、僕は今朝の夢を思い出す。本当に嫌な夢だった、もしあれが現実なら、僕は学校などには来る事ができなかっただろう。幸い、聞こえてくる声はどれも他愛も無い会話ばかりで、僕の悪口やら陰口やらを言ってくる人は誰一人としていなかった。でも、あの夢を思い出すたびに、まるで現実に起こった出来事のような感覚を覚える。そして、それはいつもの平常なクラスであるはずのこの場所が夢と同じ異様な場所に綯ってしまっているようにも感じ取れてしまうから人間というものは不思議だ。聞こえるはずの無い罵倒の声、聞こえるはずの無い蔑みの声、聞こえるはずの無い僕を追い詰める悪口までが勝手に聞こえてくる。僕は今日はちょっとおかしい、朝からあんな夢を見たせいで、学校と言うものに嫌気がさしていた、一刻も早く家に帰りたいと思った。だが、無情にも授業は開始された。僕は気持ち悪さを必死に堪えながら、授業を聞いた。

 

それから午前中の授業が終わり、昼休みになった。その頃になれば、僕の持つ気持ち悪さは薄れていて、なんとか授業内容も覚えていた、ノートに取るのはできなかったが、家に帰ってから思い出して書けばいいと割り切って、食堂で昼食を取っていた。

そこに、僕の数少ない友人である雄也がやってきた。

「隣、いいかな?」

「ああ、別にいいよ」

 そう言い、雄也は僕の隣に座り、昼食を食べ始めた。僕は半分ほど食べ終わっていたので、僕の方から話題を切り出した。

「なあ、夜だけに現れる店見つかったぞ」

「マジか!?

 雄也は本当に驚いた様子で、口からご飯粒を零しながら僕に聞いてくる。

「なあ、どこにあったんだ? やっぱり五丁目の空き地にあったのか?」

「ああ、五丁目の空き地に確かにあった」

「でもよ、他の人の話じゃ夜にそこを取っても空き地しかなかったって聞いたぞ」

 そこで、僕は素直に店の入り方を教えずに、あえて偶然を装う事にした。

「僕が行ったときには確かに在ったよ、偶然その日だけ出ていたのかもな。毎日見張ってたらいつかは店が現れるんじゃないか?」

「いや、俺は見たいわけじゃないからいいんだけど、本当に偶然現れただけだったのか?」

「さあ、どうだろうね」

 僕は本当に自分の事が意地悪な人間だと思う。ただ、何の見返りも無いのに情報を提供してやるのも、それのせいで夢与屋の存在が知られてしまうのも嫌だったので、僕はあえて教えない事にした、雄也もそれほど興味がある話題では無いみたいだし。
「さて、そろそろ食べ終わらないと」

 そう思い、僕と雄也は黙々と昼食を取った。

 

 それから、午後の授業も終わり、僕は帰路につく事ができた。いつものように一人だけでの帰宅である。特段寂しいわけでもないが、たまに寂しく思うときもある。だけども、僕は一人でいたほうが性に合ってるし、特に話す共通の話題も無い。なんせ、僕には趣味というものが何も無いからだ。運動をしても特に運動神経が良いわけでもなく、かといって特に特別な知識も持っていないため、当然のように帰宅部だし、家に帰ってもやる事なんてゲームか漫画か勉強か、それぐらいしかない。本当に、自分が冷めてる人間だと自覚させられてしまう。でも、そんな僕でも、夢与屋に興味はあった。人に夢を与える、言葉通りの良い仕事じゃないか、僕はそう思い、決めていた通り、今日も夢与屋に行く事にした。まあ、連続して夜コンビニに行くなんて言い訳は通らないので、納得の行く言い訳を作らなければならなかったが、そんなものは後から考えればいいことだ。

 

 家に帰り、私服に着替え、夕食を取り、僕は外にでる準備をした。昨日と同じく寒いから厚着をして、僕は両親に「友達と遊びに行ってくる」とだけ言い残し、親が止める前に外にでた。両親に後で怒られるだろうが、とりあえず今はその事は考えないでおこう。

 僕はそのまま近くの空き地、夢与屋のある空間にいける入口がある空き地へと向った。家からはそれほど離れていない場所にあるため、簡単に着いた、駆け足だったからか少し息が荒くなっているが、そんな事は気にしない。

 そして、僕は夢与屋のある空間に入るべく、入り方を実践した。当然、昼間とは違いたやすくその空間内に入る事ができた。今日も、店の窓からは灯りが見える。どうやら相手いるようだ。まあ、夜にしか開かないのだから開いていて当然なのだが。

 僕は店の扉を開けた。そこにはだれかを待っていたように、士葉がいた。

「やっぱり、今日来ると思ったよ」

 どうやら、待っていた人物は僕らしい。

 士葉は机の椅子に座って、煙草を吹かしている。僕は設置されている椅子に座ると、バッグから本を取り出した。そして、それを僕は士葉に渡した。

「どれどれ・・・・・・」

 士葉は本を開き、僕が書いたストーリーを確認している。正直、自分で書いた話しを見られるのは恥ずかしい。だが、それを見せないと僕はその夢を見ることができない。ならばその夢の内容を見られても仕方の無いことだ。そして、本を一通り読み終えたようだ。

「うーん、本当にこんな夢でいいの? 長いから途中までしか見れないかもよ?」

「はい、別に構いません」

 途中まででも見たい夢が見れるなら、それでも僕はいい、ほんの僅かな時間でも見たい夢が見れるのなら、僕はなんのためらいも無くその夢を見るだろう。

「じゃあ、準備するからそこでまってて」

 そう言い、士葉は準備にとりかかった。そう言えば目の前で準備をしている人を僕は心の中では士葉と呼び捨てにしてしまっている事に気づいた。だが、別に僕の心の中のことなんだから、呼び捨てでも問題は無いはずだ。たぶん、きっとそうだ。

 そんな事を考えている間に士葉の準備が終わる。魔法陣の書かれたシート、七本の蝋燭、不気味に光る水晶玉、それは昨日僕が見たものと同じだった。ただ、中年男性の代わりに僕が椅子に座っている。そして、士葉は呪文詠唱を始めた。その言葉を聞くのは二度目だが、何を言っているかはまったくわからなかった。

 そこで、突然眠気がやってきた。僕はその眠気になんとか抵抗してみたが、眠気に負けてそのまま眠ってしまった。一瞬、士葉が僕に近づくのが見えた。

 

 そして、僕は目覚めた、いや、正確には目覚めていないのだろう。ここはおそらく夢の中だ。なぜそうかとわかると言うと、目覚めたこの場所が学校の教室だったからだ。

 僕が書いた夢は、学校が舞台の夢だから、簡単にこれが夢だと感じることができた。

 僕が書いた夢のストーリーはこうだ。まず、僕は普通に学校で授業を受け、昼休みに大勢で会話をしながら昼食を楽しむ、そんな夢だった。他人からみれば、それは夢じゃなく、現実で起こる事なのだろうけど、僕にとって、それは夢のようなことだ。ひそかにそんな事を願っているから、いまだに昼食は一人、または二人でたべる事になっているのだろう。もっと大勢でわいわいと楽しみながら昼食をとるのは、僕の儚い願いでもあった。そんな夢を、確実に叶えてくれて、僕はとても良い気分だった。

 そして、僕はクラスの男子の大半と話しながら昼食を食べる。この間の会話は僕が考えたものじゃなく、自動的に作られているようで、自分で作ったストーリーとは完全には言えなかった。勿論、そのほうが色々と会話も楽しめたし、良い事の方が多かった。

 そして、僕はしばしの楽しい会話を楽しむ。誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っているだとか、新しいゲームの話しだとか、そんな学生としてはありふれた話題等がでて、僕はその夢を思う存分楽しんだ、だが、そこである異変が起こった。

「華四季君、ちょっといいかな」

 そう話しかけてきたのは僕がいる学校の同級生の白石さんだった。彼女はその容姿と頭のよさで、この学年では男性の彼女にしたい同級生のトップを独走するような人物だ。そんな彼女が、なんで僕なんかに話しかけてきたのだろうか。それに、そんな事は本には書いていない。ならば、なぜそんな夢をみているのだろうか。僕には理解できなかった。

「ちょっと食べるのやめて、ついてきて」

 白石さんに言われるまま、僕は昼食を食べるのをやめ、話しかけて来る人達に謝りながら、僕は白石さんについていった。階段を上り、上の階に上がっていく。目的地はどうやら上の階にあるらしい、しかし、上の階にある物と言えば、高学年のクラスと屋上ぐらいだ。それなら、目的地は屋上とみて間違いないだろう。僕を何のためかわからないが上級生に合わせようとするなら話しは別だが、それなら教室を出る前に、その上級生を僕がいるクラスへと連れて来ればいいだけだ。わざわざ僕が上級生の教室に行く理由が無い。

 そうして、僕は屋上に続く最後の階段を上った。やはり目的地は屋上だったようだ。

 そして、屋上にいくための重い鉄の扉を開くと、風が中に吹き込んできた。秋だからだろうか、制服姿だとちょっと寒い。しかし、白石さんはそんな事気にしていない様だった。

 そして、僕と白石さんは風が吹き付け、空が見える屋上に来た。

 そこで、突然、白石さんから、

「実は、貴方の事が好きなの、愛しているの」

 と、あまりにも唐突に言ったので、

「・・・・・・今なんといったの?」

 と僕は聞き返してしまった、白石さんは恥ずかしさなど感じさせずに続けて言葉をだす。

「だから、私は貴方、華四季君の事が大好きなの、もう抑えられない気持ちなの」

 そう言うと白石さんは僕に近づき、突然、ある行動に出た。僕の頬を両手で押さえて、ゆっくりと顔を近づけてきた。僕が思うに、こうゆう行動の後に待っている行動は唯一つだった。それは恋人や婚約者だからするもの、人によっては挨拶みたいなものだけれど、僕に取っては初めての事で、それが夢に出てくるのも初めてだった。

 そう、その行動とは接吻の事である。

 夢の中での事とはいえ、僕は緊張していた。徐々に白石さんの顔が僕に近づいてくる。心臓の鼓動が聞こえてくる。それだけドキドキしていたんだ。夢の中でも、それは仕方の無いことだと僕は思う。だって、そんな事は未経験だったからだ。

 しかし、時間は無情なものだった。僕の唇と白石さんの唇が重なる数秒前で、世界は崩壊し始めた。白石さんは消え、学校は文字通り破壊されて、真っ暗な空間へと投げ出された。僕はなんとか動こうと試みてみるが、いくら動かそうとしても動かない。

 仕方なく、僕はしばらく闇の中を浮遊していた。そこに、

「少年よ、自分の見た夢をどう受けとる?」

 渋い男性の声が聞こえた。僕はその問いに答えた、なんとか口は動いた。

「どう受け取ったかと聞かれても、僕にはただちょっと違う夢だな、って思いました」

「ほう、違うとはどのようにだ?」

 渋い男性の声は耳から聞こえているのではなく、頭に直接響いているような感じがした。

「なんというか、自分が見たかった夢と違うんです。最初は確かに僕が書いたストーリー通りでしたけど、最後なんかは僕は白石さんに告白されることを望んでなんかいないし、本に書いたわけでも無い。なのに、それは僕の夢の中に確実に出てきていた」

 その後、しばらくの沈黙の後で、

「つまり、お前は無意識に夢を改変させることができるんだな」

「夢を、改変?」

 夢を改変するとはどういう事なのか、その時の僕には想像もできなかった。

「この夢から目覚めたとき、そこにいる夢与士にこの事を伝えなさい。それでは、そなたに再び良い夢を」

 渋い男性の声はそこで途切れ、僕はそこで目を覚ました。

 

「良い夢見れたかい、龍司」

 士葉は僕にそう聞いてきた、だから僕は答えた。

「ちょっとおかしい夢でした。本に書いて無いことが起こるし、いきなり暗闇の空間になって渋い男性の声が聞こえてきて、それに返事をして、夢与士にそのことを言うように言われました」

「夢が改変された? それにお前、デスペイトの声を聞いたのか?」

「デスペイト? なんですかそれ」

「私達夢与士が信じる事になっている夢を司る神様のことだよ。私達はデスペイトに選ばれた存在なんだ。そして、夢にデスペイトが現れた君も、夢与士になれる可能性を持っているんだ。どうだい、しばらくここで働いてみないか?」

「えっ、なんでそうなるんですか?」

 僕は理解するのに精一杯だった。僕は夢の中でデスペイトとかいう夢を司る神とであって、出会えた事から僕が夢与士になれる可能性があると言う事までは理解できた。

「ここで働くのは夢与士になるための修練だと思ってくれ、ちゃんと日給も出すから」

 そういながら、相変わらず士葉は煙草を口につけ、離し、灰色の煙を排出する。

「夢が改変されたのはデスペイトの影響だと思われる」

 この言葉は僕に当てた物なのだろうか。僕はそれを考えることできていなかった。他に考える事が多すぎて、すべてを吸収しきれていなかった。

「とりあえず、今日はもう遅い時間だから、帰ったほうが良い。明日は休日だし、明日の昼頃にこの空き地に来てくれないか? 特別にこの店がある空間に入れるようにしておくから」

 そういい、士葉は立ち上がり、店の奥へと行ってしまった。僕は仕方なく帰る事にした。そう言えば両親にはちゃんとした説明をしないといけない。しかし信じてもらえるだろうか、夢与屋なんてものが存在しているという事実を。

 

 そして、僕は帰宅したのだが、当然のように両親からは怒られ、僕は一時間も正座で説教を受けた後に、ようやく開放され部屋に戻る事を許された。最後に、

「明日、なんで遅れたのか実際に見に行こう」

と両親に良い、僕は部屋に戻った。時刻はすでに午後十一時をまわっていたので、僕はそのまま眠る事にした。さっき寝たというのに、あっけなく眠る事ができた。

 

 翌朝、といってももうすぐ昼の午前十時に起きた。僕は一階のリビングに下り、パンだけの朝食を取って、僕は再び部屋に戻った、着替えをするためだ。

 そして着替えた僕は、両親を誘った。

「ねえ、昨日夜遅くに遅れた理由、ちゃんと説明するから、説明するにはある場所に行かないといけないんだ、だから一緒に来て欲しい」

 と、両親は怪訝な面持ちで僕をみて、そして両親はアイコンタクトでなにかを決定したようだ。

「わかった、一緒に行こう、じゃあ行くのは午後になってからでいいな」

「うん、わかった」

 そうして、僕と両親は夢与屋に行く事を約束した。あえて夢与屋の名前は出さないでいたが、これは余計な先入観を与えないためだ。自分が書いた夢を見せてくれるっていうことなんて言ってしまったら、間違い無く僕に相手などしてくれないだろう。

 それから僕は部屋に戻り、ゲームをし、リビングにいき昼食を食べ、そして出かける準備をした。両親も財布や携帯電話や家の鍵などをもって、僕と一緒に外に出た。今日は秋だと言うのに妙に暑くて、僕は薄着をしたのだが、外の風は思いのほか強く、すこし寒く、薄着をしてきてしまった事を後悔したが、寒さを我慢する事でなんとかなった。

 そして、十分程歩いて、空き地に到着した。

「ここに、何があるっていうんだ、龍司」

 父さんは少し怒りを含ませた声でそういった。休日にわざわざこんなところまでつれてこられて、さすがに怒りを覚えたのだろう。だが、

「僕と同じようにしてみて」

 と言い、僕は夢与屋のある空間に入るための方法を実行した。当然、店には入る事ができた。そして、顔だけを空間から外に出し、両親の姿を見た。二人は驚愕していた。そして怯えていた。、僕の顔だけが中に浮いているように見えるんだから仕方ない。僕は一旦夢与屋のある空間から外に出て、ちゃんと入り方を説明した。僕の両親はそれに驚きながらも、侵入方法を実行してくれた。そして、僕もあの空間に入る。

 僕達三人は、夢与屋の店の前にきた。夢与屋の看板が見えたが、両親はそれ所ではなかったのだろう。なんせ、この空間は昼間でも薄暗く、人為的に夜にされてしまっているからだ。僕もそれに少し驚いたが、夢を交換する瞬間をみてしまったからには、そんなことなどたいした事ではない、そう思っていた。

 一方、両親は何がなんだかわからない顔をしていた。さすがに驚かずにはいられなかっただろう。僕も初めて来た時はわけがわからなくなるほど驚いたから。

 そして、僕は夢与屋の扉をあけ、両親と共に中に入った。

 店に入ると、そこにはすでに士葉がいた。椅子に座って、僕を待っていたようだ。

「おや、両親を呼んだつもりは無いんだけど、まあ、両親に話しておいたほうが何かと不便無く話しを進められるからいいけど」

 そう言って、士葉は店の置くから椅子を二つ取り出し、机のそばに設置した。

 僕と両親の三人はその椅子に座り、そして、本題に入る。

「で、なぜ家の息子が夜中にこんなわけのわからない所にきて、いったい何をしたんだ?」

 父の言葉には僅かな怒りと大きな動揺で、言葉がすこし変だった。

「まず、説明しますが――

 そう言い、士葉は説明を始めた

「私は相馬士葉、人に見たい夢を本にしてもらい、その本通りの夢を見せる仕事をしています。私達は自らの事を『夢与士』と呼んでいます。そして、彼、龍司君もその夢与士になる才能を持っている事が判明しました」

「夢、与士?」

 僕の両親は驚いていた。だが僕も驚いていた。僕も夢与士になれる才能を持っているなんてなんでわかったのだろう。考えて、答えは簡単に出た。この前ここで夢を見た時に夢の中に出たデスペイトとか言うのが僕の才能の現れ名のではないだろうか。それに、士葉は僕の事を夢与士にしたいといった志向を持っていそうだった。そう言えば、この店で働かないかと言った時に、夢与士になるための修練ともいっていた。僕が夢与士になると、士葉にも何か言い事があるのだろうか? 考えても答えは出ない。

 そして、考えている間に士葉は両親に詳しい内容等を話していた。両親は驚愕しながらその話を聞いていたのだが、話が一通り終わると、

「こんな怪しい場所に、息子を置いておけない!」

 と力強い声で僕の父さんが言った。だが、士葉は怯まない。

「なんでしたら、一回体験してみますか?」

「えっ」

 父さんは士葉が強く反発してくるものだと思っていたみたいで、一度体験してみますか? なんて聞いてくるとは思っていなかった様子で、すこし困った顔をした。

「奥さんも、一度なら無料で体験できますから」

「え、ええっと・・・・・・」

 母さんは困った顔をしておどおどしていた。仕方なく僕が、

「悩む前に、実行に移してみたら良いんじゃない?」

 と、一声かけてあげた。

「まあ、龍司が言うんだったら、無料らしいしやってもいいが」

「ちょっと心配ですけど、龍ちゃんが言うならやってみようかしら」

 二人は僕の言葉で簡単に体験する事を了承した、だが、

「あの、二人分の本、まだ書いて無いんですけど」

「それなら心配ない、予備が何冊かあるから」

 予備なんてものがあるのか、ならなんで僕の時は自分で書くように言ったのだろうか。予備を見たほうが、僕としても簡単に済ますことができたのに。それを察した士葉は、

「まあ、そんな顔するな。予備は全部大人用なんだ。だから話しは短いし、万人受けする内容にはしたつもりだから、これで上手く気を引こう」

 小声で僕にそんな事を話し、士葉は準備を始めた。

「二人同時にやるのも久しぶりだな」

 そう言い、魔法陣が書かれたシートが二枚、計十四本の蝋燭、透明な水晶玉が二つ、机の上に置かれ、夢を与える準備を整えた。

「じゃあ、始めるわよ」

 士葉がそう言い、呪文詠唱が始まった。何度聞いてもなんと言っているか聞き取れない。僕はただ、その光景を見ているしかなかった。僕にはまだ何もできない。詠唱される呪文を覚えることも、シートに刻まれている文字や記号を覚えることも、できる事と言ったら、呼吸する事、心臓を自動的に動かすこと、脳を働かせる事ぐらいだ。

 そして、一塵の風がどこからか吹きつけ、蝋燭の火が消える。それと同時に、僕の両親は椅子に持たれかかりながら、または机にへばりつきながら眠っていた。そして、前に見た光景と同じく、両親の頭に手を突っ込んで、頭から本を抜き出し、そして新たに本を入れる。その光景は二度目でも驚かざる負えないものだった。

 そして、それらの作業を終えた士葉は、ふぅ、と溜息をつき、煙草を取り出し、ライターで火をつけ、煙草を吸い、灰色の煙を吹きだした。一仕事終えた、という感じだった。

 そんな士葉に僕は聞いてみた。

「後、どれぐらいで僕の親は目覚めますか?」

「三十分ぐらいだな、予備の夢は短いからな」

「じゃあ、それまでに夢与屋の事、夢与士の事、色々と教えてもらえませんか?」

「ああ、構わない、」

 そして、僕は気になっている事を聞こうとした。

「まず、なぜ夢を与えるなんて仕事をしているんですか? それに、この棚に置いてある大量の本はなんなんですか? そして士葉さん、あなたは一体何者なんですか?」

 士葉はふふっ、と笑うと、僕に説明をし始めた。

「そうだな、まず、なんでこんな仕事をやるのか理由を教えてあげる。それはね、今回の君と非情に酷似しているんだよ。僕も君と同じで他の夢与士から才能を見抜かれ、そして夢を与える仕事と当時は思い、そして文字通り、人に夢を与えたいからこの仕事を始めたんだ。まあ、現実はちょっとばかり厳しかったけれどね」

 そう言い、士葉は苦笑いをし、煙草を吸い、息と共に煙を吐いた。士葉の説明は続行される。僕はただそれを聞いているしかなかった。

「次に、この棚に置いてある本についてだ。この本はすべて、夢を交換して余った本だ。君も見ただろう、私が頭の中に本を入れるときに、一冊の本が出てきたのを。あれは本来その人が見るべきだった夢が綴られているんだ。それを本という形式をとって実体化した物があの本なのさ。本当ならあの本をすべて見て、夢を消費してやらないといけないんだけど、私は面倒くさくてやっていないんだ。そこで、私は君にこの本の夢を読んで消費してくれないだろうか、と思っているんだ」

 つまり、僕はただ本を見て、夢を見て、夢を消費して行けば良いって事なのかな。どうも僕には理解しづらい面がある。そして、最後の質問に士葉が答える。

「最後に、私は自分の事を普通だと思っている。だってそうだろう? 人間は誰もが違う心を持つ、特別な存在だからね、その中でも特段に特別な存在は、普通の人間なんじゃないだろうかと私は思うよ。だから、私は普通になりたくて、その願望を込めて、自分の事を『普通だ』なんて言っているんだ。ちょっと話しが難しすぎたかな?」

 そう言われ、確かに話しが少し難しいと感じた。と言うより途中から自己がもつ特殊な考えが混じっていて、理解するほうが難しいと僕は思った。

「まあ、深く考える必要は無いよ、さて、そろそろ君の両親が起きる頃だ」

 士葉がそう言うと、僕の両親はゆっくりと目覚めた。

「どうだい、いい夢は見れたかな?」

 士葉はまだ寝ぼけ眼の父さんにそう聞いた。

「ああ、最高だったよ」

「ええ、最高でした」

 父さんに続いて母さんまでそんな事を言って、いったいどんな夢を見たのだろうか。

「まあ、どんな夢を見たのかは大人の秘密って事で」

 そう言い、士葉は再び煙草を吹かす。

「で、龍司君の件なんですが、ここでアルバイトとして働かせたいんですが、いいですか?」

 士葉は両親に同意を求めている。僕には一切構わない感じだった。

「ええ、こんなすばらしい夢を見せてくれるところなら龍司を安心して置いておけます」

 母さんが嬉しそうにそう言った。

「その代わり、料金をすこし、割引してもらえませんかね」

 貪欲に父さんはそう言った。

「まあ、多少の割引はさせてもらいますよ」

 おおっ、と言いながら僕の両親は嬉しそうに笑みをその顔に浮かべていた。

「じゃあ、これから息子をよろしくお願いします」

 そうして、僕の夜の店でのバイト生活がスタートした。僕の意思など構わずに。

 何かいって割り込もうとする隙すら僕には与えられていなかった。

「じゃあ、バイトは明日の夜からスタートって事で」

 そこでようやく僕が割り込む隙ができた。

「ちょっと待ってください、僕はまだここで働くなんて決めていません」

 だが、その僅かな抵抗も僕には許されないようで、

「夢与士の秘密を知ったらここで働かないと、他の夢与士から目を付けられて最悪殺されちゃうよ?」

と僕を脅してきた。殺されるとまでは思っていなかったので、僕は、

「な、なら仕方ないですね、バイトやりますよ、で、時給いくらもらえるんですか?」

「そうだね、一冊六百円って所かな」

「一冊ってどういう事ですか?」

 一冊っていうのは本や雑誌の単位だ。お金の単位じゃない。

「簡単なことさ。君には今棚に積んである本を片っ端から読んでもらって、夢を消費してもらいたいんだ。方法は簡単。本を開いたまま、自然と眠気がくるから眠ればいい。そうすればその本に書いてある夢の中に入る事ができる。時に嫌な夢を見ることもあるだろうが、良い夢って言うのも中にはあるはずだ。根気よくやって欲しい」

 そう言われ、士葉は僕の肩に手を置き、頑張れ、と無言で伝えてきた。僕は事態がのみ込めないまま士葉の言葉に反応する事しかできなかった。

「じゃあ、今日はこの辺で解散してもらおうか。昼間に店に入れるようにするには少しとく主な力がいるんでね、できればその力を消費したくないんだ」

 そう言われ、僕と僕の両親は店からそとにでた。そこは昼間なのに薄暗くて、ちょっと不気味なものだった。何回かきていても、この空間を説明するための言葉がいくつもわいて出てくる。

そして、僕達は店がある空間と僕等が暮らす普通の空間の境界線を超えようとしたとき、

「それでは皆さん、良い夢を」

 とだけ士葉は言い、僕達は普通の空間に戻った。当然のように外は昼間の光景で、店があった場所は空き地になっている。

そこで、僕は両親に聞いてみた。

「ねえ、一回一万円だけど、もう一度父さんと母さんが見た夢を見てみたい?」

「い、一万円もするのか・・・・・・それなら毎日来るのは無理そうだな」

「私も、一回見れただけで充分だわ」

 僕の両親はそう答えてくれた。これで僕がバイトしている間両親に会う事はなさそうだ。それにしても、家に帰る時間が遅いといつも起こるのに、夜のバイトをなぜ許してくれたんだろうか? それほど、父さんと母さんが見た夢はすばらしいものだったのだろうか。

「さあ、今日は久々に家族で談話でもしようか」

 父さんの突然の提案に、

「うん、それがいいですね。バイトのこともちゃんと決めておかないといけないですし」

 そう母さんが答えた。これで、これからの寝るまでの時間は親子で話すことにきまった。何か決めるときは毎回こう言う談話をやることになっている。大体、いつも途中で別の話題になったりしながら、だらだらと休日を過ごすのだが、今回はバイトの件が主な話題になりそうだ。それでも、その話題だけで一日という時間を消費する事は難しく、きっと僕の学校の成績の話とか、できれば聞かれたくないものは話題にならないように僕は願った。

 

家に帰った僕等三人はそのまま家族会議と言う名の談話が開催された。僕は当然のように自分から意見は言わず、父さん、または母さんが言った言葉に返事している感じだった。

 結局、三時間に及ぶ談話、いや世間話は終わりを迎えた。僕は当然ながら話しの内容は夢与屋の事と僕の学校の成績の事意外はさっぱり頭に入らなかった。なぜかというと、そのほかの話は本当に世間話だったからだ。近所の何さんはどうで、どうして、どうなったかだとか言われても、僕の頭の中には僅かも残らなかった。

 その分かどうかはわからないが夢与屋と学校の成績の話しはよく頭に入った。最近成績が伸び悩んでいる事を指摘され、もっと勉強するようにと言われた。

 そして、夢与屋の事も少し話した。だが、大事な部分は話さずにしておいた。僕のために家族まで巻き込んでしまうのは少し気が引けた。まあ、バイトをしている時点で家族を巻き込んでいると言われると反論できないが。

「じゃあ、これからバイト頑張るのよ、龍ちゃん」

 その言葉で、談話という名の家族会議は終わりを迎えた。僕はそのまま部屋に戻り、自室にあるパソコンをつける。ここ数日付けていない、つける理由も無いのだが、今日は調べたいものがあった。それは夢与屋のことだ。常連さんがいると言う事から、僕は調べればそれなりの事がわかるんじゃないかと思った。

 そして、僕は電源がついて、画面が表示された中にあるアイコンをダブルクリックし、ブラウザを起動させ、検索する準備を整えた。

 そして、僕は文字を入力するための欄に『夢与屋』といれ、検索してみた。

 結果は一軒も引っかからなかった。一切の情報さえなかった。どう考えてもおかしい。常連客までいたと言う事は、何かしらの情報がネット上に漏れていて当然のはずだった。だが結果は検索に引っかかったのは零個、それだけが事実として残っている。

 仕方なく、僕はパソコンでゲームをして時間を潰し、今日はそのまま寝る事にした。

 今日も、良い夢が見れるだろうか、それは寝てみないとわからないので、僕は眠った。

 

 朝、目が覚めた。夢は見たがどうやっても思い出せなかった。そして、今日も休日なので、僕はしばらく布団の上で寝そべっていたが、やがて寝ているのも嫌になり、僕は布団から起き上がって、寝ぼけ眼のままパソコンの電源を入れた。まだ、パソコンで調べていないところがある。それはネット上に無数に存在する掲示板の中で、特段にユーザーが多いネット掲示板の噂話板だ。そこにはいろいろな噂がある。だから僕は、その掲示板で大量のスレの中から夢与屋、または夢与士の名を探した。しかし、結果は無情にも零だった。

 僕は仕方なく夢与屋、夢与士の事は諦め、パソコンの電源を切り、着替えて、リビングに向った。しかし、リビングに下りても両親の姿は無い。どうやら二人で出かけてしまったらしい。僕は仕方なく、朝食を自分で作り、それを食べた。

そして、そのまま部屋に戻り、二度寝をし始めた。夜のバイトまではまだ時間がありすぎるから、僕はその前に少しでも長く寝ておきたかった。夜のバイトってことは、もしかしたら朝まで働かされるのではないか、と思ったからだ。まあ、ただ夢を見るだけの仕事だから楽だと思うので、特に心配はしていないが、せっかくの休日なので、僕はバイトの時間まで睡眠をとる事にした。

 それから、僕が昼食を食べる前に両親は帰宅しており、昼食は母さんが作ってくれた料理を食べ、再び眠る体勢に入った。そう言えば、昼寝でも夢は見るんだろうか?

 そんな疑問を持ちながら、僕は自室で布団に包まって眠りについた。

 

 そして、僕は目を覚ます。時間は六時少し前、これなら余裕でバイトに間に合う、いや、具体的な時間は言われていないが、午後八時ぐらいに店に着けば問題ないだろう。

 僕はリビングに下りていって、夕食を食べ、家をでた。目的地はあの空き地だ。

 歩いて十数分、空き地に到着する。そして順番通りの進入方法で、夢与屋のある空間に入り込んだ。店はもう開いているようだ。

 僕は店の中に入り込み、

『御邪魔します』

 とだけ士葉に言った。士葉は本を読みながら椅子に座っていた。

「ようやく来たか、次はもっと早く頼むよ」

「わかりました」

 そう言われ、僕はそう答え、そして士葉は立ち上がった。

「さて、ではこの店の奥で君には夢を見てもらう。今日はこの二冊だ」

 士葉はそう言い、僕は赤い表紙の本と青い表紙の本を受け取った。

「実はな、その二つはすでに内容だけ把握している本なんだ。だからあらかじめどんな話しかを教えてもいいんだけれど、それじゃあつまらないだろう? だから今回は特別に一つのヒントだけ教えておこう、そのヒントとは赤い表紙の本を先に読んだほうがいい、この一言だけだ。それ以外は夢を見ての御楽しみだ」

 士葉はそう言い、顔に僅かに笑みを浮かべた。

 そして、僕は店の奥に入っていった。案内された部屋には本と棚以外何もない、そんな部屋で、僕は一人本という媒体になっている夢を見ないといけないのか。

「なんだ、不満か? でもここが一番君の仕事に向いている部屋だけど」

 要するに、たくさん本があるから、片っ端から見ていけという事なんだろう。だが、今日はあらかじめ本を渡されているので、そっちから読む事にした。えっと、赤い表紙の本から読めばいいんだっけ。最後に士葉は、

「本は夢としてみると消える。だから片っ端から本を消費していってくれ。くれぐれも、本を燃やそうとしたりしないように」

「本を燃やすなんて、そんな事はしませんよ」

 当然だ。そんな事をしたらどんな事をされるかわかったものじゃない。

「じゃあ、よろしく頼むよ」

 そう言い残し、士葉はさっき座っていた場所に戻っていった。

 取り残された僕は棚にもたれかかり、赤い表紙の本から読み始めた。しかし、本の内容は日本語ではなく、意味不明の記号や文字で書かれていた。どうやら、人から抜き取った夢は僕が書いたように日本語で書かれているのではなく、特殊な記号や文字で書かれているようだ。そして、僕はその解読不能の本の一ページ目だけを見ていた。しばらくすると、段々と眠気が出てきて、なんで出てきたのかわからない眠気に襲われ、僕は眠りについた。

 

 僕が起きたそこは、とある場所の歩道だった。ここは見覚えがある、よく遊びにいった公園が近くにあって、この歩道はその時の行き帰りの道になっていた。

 その歩道を、僕は歩く、気づけば後ろに、なぜか僕の母さんと僕がいた。なんで夢の中に僕が出てくるんだろうか、最初は謎だったが、簡単に答えはでた。そうだ、これは父さんの夢なんだ。士葉はあの時抜き取った本を僕に渡したのだろう。という事は、もう一つの青い表紙の本は母さんの夢なんじゃないだろうか。

 そんな事を考えている間に、横断歩道に通りかかった。信号は点滅している。

「父さん、母さん、早く早く!」

もう一人の僕は急いで横断歩道を渡ろうとしていた。母さんもそれに続くように横断歩道を渡っていく。僕はあくまでもゆっくりと、一回信号を待ってから渡ろうとしたのだが、悲劇はそこで起きた。

 まだ信号が変わっていないところで、信号無視をしたトラックがもう一人の僕と母さんに突っ込んでいった。僕はその光景をすこし遠くから見ているしかなかった。

 弾き飛ばされる僕と母さん、それを見ているだけでしかできなかった僕、状況は最悪だった。もう一人の僕はトラックに踏み潰されおそらく即死、母さんも違う方向に弾き飛ばされて重態、僕にはどうする事もできなかった。救急車を呼ぶことも、警察を呼ぶことも、父親が携帯を持っていないため、携帯電話が夢の中に出てくるはずも無く、僕はただ二人に駆け寄り、生死を確認する事ぐらいしかできなかったが、それもしなかった。

 なぜか、それはわからないが、僕は一歩も動けなかった。

 そして、突然世界が歪み、真の意味で目が覚めた。

 呼吸が荒い、さっきの事がよっぽど僕の心を苦しめていたのだろう。

 気づけば赤い表紙の本がなくなっていた。これで夢を消費したんだろう。僕は一旦士葉の元へ戻りもせず、時間を確認する前に青い表紙の本へと手を伸ばした。

 士葉が赤い表紙の本から読んだほうが良いということは、きっとこの青い表紙の本を読めば今感じている嫌なものを忘れさせてくれる、そう信じた。

 そして僕は本のページを開く、また特殊な記号や文字の羅列が記載されていた。

 それを見ているうちにやがて眠くなり、僕は眠りに落ちた。

 

 目覚めるとそこは草原だった。ここが家族でピクニックにきた草原だと気づくのに数秒かかった。そうだ、ここは僕が初めて親ときた草原だった。父さんも母さんもこの場所が好きで、二人がデートをした時もここで一日中過ごした事もあったと以前聞いた事がある。なぜ、そんな公園が夢の舞台であるかは知らないが、さっきのようにトラックが突っ込んでくるなんて事も無い。たぶん、普通の、極一般的な家族のピクニックの夢なのだろう。

 ここから見て少し遠くにはもう一人の僕と父さんがキャッチボールをしている。それを遠くから眺めている。その光景は家庭の幸せな風景そのものだった。僕はその夢をみて、思い出した。現実でここに来た時の事を。今見ている光景と同じように、僕と父さんはキャッチボールをし、母さんはそれを遠くから見守っていた。

 今見ている風景は実在するものじゃない。だが、今の僕なら、いつでもその夢を叶えることができる。来週の休日あたり、両親をさそって、あの草原に行こう、と僕は思った。

 だが、そこで夢は終わってしまった。

 僕は目覚めて、手元からは青い表紙の本が消えていた。夢を消費したのだろう。この夢は、本当なら母さんが見るべき夢だったんじゃないかと僕は思う。そうすれば、きっと今の僕と同じ気持ちになって、一緒にピクニックにいく事を提案していたのではないだろか。

 そして、僕は起き上がり、部屋をでて、士葉の元へ歩いていった。そして、士葉に言う。

「僕の両親の夢なんて見せて、いったい何が狙いなんですか?」

 士葉は煙草に火をつけ、はぁ、と深く息を吐いて、

「なに、簡単なことさ。君が本当にこの他人の夢を体験するという仕事につけるかどうかをテストしただけだよ」

「・・・・・・テスト?」

「そうだ。一冊目でやめるなり、私に話しかけたりした時点で失格。二つ夢が見れれば合格、実に簡単なテストだったんだよ」

「でも、あのヒントもらえば、誰だって二冊とも見ると思いますよ」

「まあ、確かにそう言えるね」

 苦笑いを顔に浮かべながら士葉は煙草を吹かした。煙は空気にまぎれて消えていった。

「ともかく、これで君も立派にこの店の店員だ。これからも夢を消費する生活を送ってくれ。頑張りなさいよ、龍司君」

 そう言いながら士葉は時計を見て、

「そろそろ君は帰る時間だな、最後に、一言だけ言わせてもらう」

 改めて、士葉は言葉を発した。

「他人の夢を見るということは、同時に他人の心を見るんだ。だからこそ、一つ一つの夢に込められた思いを感じながら、これからの生活を送りなさい」

 そう言い、士葉は店の奥に行ってしまった。僕は仕方なく、この店を去る事にした。ドアを開け、外に出て、振り返る。そこにはまだ、確かに夢与屋が存在していた。

「人の夢を見ていく仕事、か――」

 僕は心の中で思った。これから僕はたくさんの人の大事な夢を見ていくのだ。だからこそ、ここに誓おう。その一つ一つの夢を、一つの例外も無く、大切に、本当に大切に、僕の心の中に刻んでいく事を。


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