流れ星を追いかけよう
僕はその時、まだ小学六年生だった。
七月七日、つまり七夕の日、僕は学校内で行われている祭りに参加し、今、その祭りの中心から離れ、学校の事務室に着ていた。
僕の狙いはただ一つ、屋上の鍵を持ち出すことだった。なぜそんな事をしようとしたかというと、僕は御祭り騒ぎが余り好きじゃないし、いや、なぜ好きじゃないのにわざわざ祭りに来ているかというと、ただ祭りの風景だけを見ているのは楽しいからだ。鍵を持ち出すことについては他にも理由がある。それは、夜の星空をできるだけ高い所で見たかったから、屋上に出てみたくなったからだ。当然、今の時間帯に教師はいないので、僕はこっそりと裏口から入り、事務室に進入し、鍵が置いてある場所まできた。
だが、僕の計画は大きく外れてしまった。いくら探しても屋上の鍵がないからである。そこで僕は考え、ある結論に至った。
(もうすでに、先客がいるのかな・・・・・・)
そう、僕の前に、学校内に侵入し、鍵をとって屋上にいった人物がいるのだと僕は察した。まあ、僕みたいな考えを持つ人が他にいてもおかしくは無かった。もしかしたら話の合う人かもしれない。とはいっても、僕と同じ年代の人がいるかどうかはわからなかった。なので、僕は足音を忍ばせながらゆっくりと階段を上り、屋上の出入り口まで来た。屋上に出るためには重い扉を開けないといけないが、すでに扉は開いていた。
(やっぱり、誰か先客がいるみたいだな・・・・・・)
僕はこっそりと屋上に出て、先客を探す。あっけなくその人物は見つかった。
「なんだよ、裕香か」
僕はその人物の事を裕香と呼んだ。なぜならそこに座っていた少女は僕の幼馴染の神楽裕香だったからだ。
「なんだとは何さ、別に私がここにいても卓ちゃんには関係ないでしょ」
僕は裕香から卓ちゃんと呼ばれている。それは僕の名前が一橋卓也と言うのが僕の名前だからだ。卓ちゃんと呼ぶのは裕香と僕のお母さんだけだ。そう呼ばれるのは悪い事ではないが、何か裕香が自分の事を特別に思ってくれているようで気分がよかった。勿論、その特別な思いとは説明のできないものだが、幼馴染だからという単純な言葉で現せられる。
そうして、僕と裕香は一緒になって座り、上から祭りの風景を見ていた。
「楽しそうだね、御祭り」
「なら、なんでこんなところから祭りを見ているんだ?」
「見るのは楽しいけど、参加するのはあまり好きじゃないの」
どうやら、屋上に来た理由まで同じらしい。
「そうか、俺も同じ理由でここにきたんだ」
「そうだと思ってたよ、だって卓ちゃんも御祭りに参加するのは苦手だもんね」
それぐらいは察してくれるほど、僕と裕香は長い付き合いだった。なんせ、生まれた日も一日違いで同じ病院で生まれて、両親が中がとても行く、まるで親戚のように育てられたからだ。だから僕は裕香に対する感情は当然のように思っていて、デモ口に出すのは恥ずかしかったので、僕は黙って裕香と一緒に祭りを見ていた。
「ねえ、卓ちゃん。空見てみて」
裕香の言葉に、僕はすぐさま空を見上げる。夜空はとても綺麗だった。そういえば屋上に来た理由の一つに、星空を見たいというのがあったのをようやく思い出した。
「俺、星も見にきたんだ、今日は晴れていてよかったよ、邪魔な雲もない」
空は完全に晴れていて、雲も僅かしかなく、天体観望をするには打って付けの日だった。
そこに、流れ星が一つ、空に現れた。その流れ星はすぐに消えてしまったが、裕香の心の何処かに引っかかったようだった。
「卓ちゃん、流れ星は落ちてきてどうなるのかな」
今思えば、殆どが消滅してしまうか、隕石として地面に落下するかの二つだが、当時の僕は知識不足で、そんな事をすぐには答えられなかった。
「落ちてきた星がどうなるかって、俺に聞かれてもわからないよ」
「まあ、そうだよね、卓ちゃん頭悪いから」
「はいはい、俺は馬鹿で馬鹿でどうしようもない人ですよ」
「そこまでは言ってないよ。並以下ってだけで」
「どっちにしろ、俺の評価は低いじゃないか」
僕は自分に対する評価が低い事に不満を持っていたが、どう考えても事実なので仕方なく、僕は屋上で仰向けになって寝そべり、空を見た。
「また、流れ星見えるかな」
「さあ、わからない。でも、信じる事は良い事じゃない?」
そう言いながら裕香も卓也と並ぶように、横になって空を見た。相変わらず、空はとても綺麗で、まるで万華鏡でも見ているかのような光景だった。
そこに、一つの流れ星が流れていった。僕と裕香はそれぞれ、願い事をした。
そして、立ち上がりながら裕香は言う。
「ねえ、なんてお願いしたの?」
「新作のゲームが欲しい、って願ったけど、裕香は?」
「私は、秘密」
「なんでだよ」
「別に、気にしないでいいよ」
「まあ、別にどんな願いでもいいけど」
まあ、そんな事本当にどうでもいい事だけれど、実はこの願い、裕香の願いがどんなものだったのか、今では理解できるが、その時の僕には理解しようともしなかった。
そして、僕が帰ろうとした時、
「ねえ、卓ちゃん、これから毎晩両親に秘密で会わない?」
「えっ、なんでそんな事しないといけないんだ?ただでさえ毎日のように顔を見てるのに」
「ちょっとね、最近色々なことがあって、それの相談にのってもらいたいの」
裕香は少し心細そうな声をだして、僕に何かを伝えようとした。
「でね、毎日じゃなくて、一週間に一度でもいいから、卓ちゃんとちゃんと話ししたいなって思ったの。だから、無理なら無理で構わないんだけど」
「いや、俺は別にいいよ、たとえ毎日でも、一緒にいてやる」
「ホント? ならよかった」
そう言い追えると、僕も立ち上がり、二人でゆっくりと歩き始めた。
「さ、せっかくの御祭りなんだし、二人一緒なら楽しめるかも知れないし、祭りに参加しよう」
「ああ、お前となら、楽しく祭りを過ごせそうだ」
そう言い、僕等は祭りに参加するために、屋上から階段を降り、鍵を事務室に戻し、こっそりと校舎を後にした。
それから、僕と裕香の特別な毎日が始まった。といっても、夜に家を抜け出し、一緒に天体観測、天体観望をしたり、互いの愚痴を言ったり聞いたりするというものだった。
そうして、毎日僕と裕香は家を抜け出し、深夜に眠ることもせず、一、二時間話し、解散するという形をとっていた。そして、そんな日々を過ごしていると、夏休みになった。
僕はもう蒸し暑い夜を、生ぬるい風を感じながらいつもの場所に向う。そこにはすでに裕香がいた。どうやら長い時間待ったらしく、顔から汗を流していた。
「まったく、もうちょっと時間を守る練習でもした方がいいんじゃない?」
「悪かったな、ホントごめん」
「まあ、過ぎてしまった事はどうにもできないから次からは気をつけてね」
そう言い、裕香は僕の顔の汗をハンカチでぬぐった。
「じゃあ、今日はなんの話しをしましょうか」
「そうだな、それじゃあ――」
そうして、僕等は話し始めた、僅かな時間、寝る時間を削って作った時間を大切に思いながらも、それを消費する事を僕は止められなかった。いや、どんな生物でも時を止めたり戻したりする事はできないだろう。
僕等の会話は短く、すぐに静寂に支配されてしまうが、その静かな空間も、裕香と一緒にいるだけで和らいだ。とてもいい気分になれた。なぜそうなれたかはわからなかったが、そんな些細な事を気にしているのはよくないと自分の中で思った。
僕は、自分で家から持ち出した天体望遠鏡を使い、星を見ていた。裕香はそんな僕の姿を見ていた。そして、次は裕香が望遠鏡を覗く、僕はただ裕香を見ているのもなんなので、
仰向けに横たわりながら、空を見ていた。
ふと、裕香が口ずさんだ。
「私達、後何回こうやって夜に一緒に星を見たりできるのかしら」
「・・・・・・続けようとすれば、いつまでも続けられると思うけど」
このとき、僕は考えてもいなかった。僕と裕香がこれからどうなって行くのかを。
一月も終わりを迎えたある日、僕と裕香が深夜に会っていることが両親にばれてしまった。それは、僕が夜中に変える際に偶然起きてきた父さんに出会ってしまったことから発覚した。僕は最初、なんとか誤魔化そうとしたが、夜なのにパジャマでなく普通の服を着ていた事、そして帰ってきた瞬間に父さんが居合わせてしまったことからだった。
そして、一晩明けて昼頃になったとき、僕と僕と僕の両親、裕香と裕香の両親が一つの部屋にあつまり、今回の事について話し合う事になった。
「まず、今回の密会事件の事を本人達から詳しく聞かせてもらいましょうか」
そう言ったのは僕の父さんだった。僕はその問いに答える。
「僕達はただ一緒に夜空を見て、一緒に話していただけです」
「なら、なんで事前にそれを親に話さなかったんだ?」
「そ、それは・・・・・・」
僕はその問いに戸惑った。親に言うと駄目と言われるからという理由だったが、そんな事を本人達に言うわけにはいかなかった。当然、僕は口籠る。
「はっきり言えないあたりから感じると、具体的な考えも持たずに密会していたのか」
「まったく、何で親に何も言わずに夜中に外に出歩くのよ、危険じゃないの」
「本当、あきれ返るわ」
正直、僕は何を言われても耐える自信はあった。なぜなら、裕香と出会えているだけで僕に取っては充分だったからだ。
「じゃあ、今後どうしましょうか」
黙っていた裕香の父親が突然喋りだした。
「私は、この二人が会う事自体をやめて欲しいと思っている」
会う事を、やめて欲しい? 僕にはそれが理解できなかった。いや、理解はしていたんだろう、だが、そう考えてたく無かっただけだ。
「そうだな、小学校が終わるまで、二人が会う事を禁止する」
フタリガアウコトヲキンシスル。
僕は心の大半を削り取られたような気分だった。先ほどまでの楽観的な考えは完全に消え失せていた。裕香に会えなくなる? そんな事、僕はとても耐えられそうに無い。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
僕は絶望からなんとか感情を切り替え、反論する。
「いくらなんでも、会う事を禁止なんて、あんまりじゃないですか!!」
「君は、それだけの事をしてしまったんだよ」
裕香の父親が僕にそう言った。たしかに、小学生が深夜に外に出るのはよくないことだ、今にして僕は思う。たしかに僕が言っていた言葉は滅茶苦茶だった。当然、そんな僕の説明をそれぞれの両親がまともに聞くはずもなく、僕と裕香は会う事を禁じられた。
そうして、僕と裕香の僅かでありながら多大な大事な時間は終わってしまった。
それから、僕と裕香は話すことをやめてしまった。学校で、あるいは帰り道で偶然出会っても、お互いに他人のフリをして、それでも意識しているのは伝わってくるのだが、親の言いつけを守り、僕と裕香は約束通り、一回も会話をしなかった。
そして季節は過ぎ、僕と裕香は中学生になった。そうなった事により僕と裕香は会う事を禁止する親が決めた決め事をちゃんと成し遂げ、会話をする事を許された。
だが、深夜に出会うことは禁止されたままで、日常的に会うのが許されただけだった。
それでも、そうなっても僕と裕香は話さなかった。いや、話せなかった。学校の勉強が忙しくて、それぞれの友達と遊ぶのが忙しくて、裕香とは普段会えなかった。
それでも、一応メールアドレスの交換はしていたので、メールでお互いの思いをぶつけていた。時には愚痴をこぼしたり、嫌いな先生の名前を書いたり、誰と誰が付き合っているかなど、極普通の会話をメールでしていた。
そして、そんな生活が三ヶ月も続き、裕香の方から電話で誘ってきた。
「ねえ、今度一緒に一泊二日で旅行にでも行かない?」
メールでなく、直接言われた僕は反応するのに時間がかかった。しばらく聞いていなかった声が誰の声かわかるのに少し時間がかかったからだ。
「裕香、話すのは久しぶりだな。で、なんで突然そんな事をわざわざ電話で言ったんだ?」
「そんなことはどうでもいいの、旅行にいくのかいかないのか、はっきりいって」
「わかった、いくよ、他に誰か誘って一緒にいこう」
「えっ」
「ん? どうした?」
「できれば二人だけで行きたいんだけど」
僕は自分が考えられる事で説明する。
「俺等二人だけで親がいく事を了承すると思うか?」
「・・・・・・まあ、無理ね」
「だろ? だから他に何人か誘って団体で行けば親も納得してくれるだろ」
「たしかに・・・・・・」
僕がそう言うと、裕香は納得してくれたみたいだ。しかし、そうなると誰を誘おうか、という話題になってくる。
「じゃあ、真由美と幸平でも呼ぼうか」
真由美と幸平は僕と同じクラスの大切な友達だ。フルネームは鹿島真由美、大崎幸平と言う。僕もそれに反抗する事はなく、二人でではなく四人で旅行にいく事に仮決定した。なぜ仮かというと、残りの二人が参加するかどうか決まっていないからだ。もしどちらかが駄目だった場合、三人では親を納得させるのに数が足りない気がする。
「それじゃあ、俺は幸平の方何とかするから、日程だけ教えてくれ」
「わかったわ、日時は今度の土曜日の朝の十時に私の家ね」
「わかった」
そう言い、僕は電話を切った。切ってすぐに電話をかけた。相手は勿論幸平だ。
「はい、大崎ですけど」
丁度、幸平がでた。
「幸平か? 俺だ、卓也だ。でさ、今度の土日についての話なんだけど、お前暇か?」
「暇だけど、だからなんなんだ?」
「異や実はさ、裕香がいきなり旅行に行きたいとか言いだして、それのメンバー集めしているんだけど、幸平は大丈夫かなって思って電話したんだけれど」
「おう、俺なら大丈夫だぜ、やる事も無いし、いけると思う」
「わかった、じゃあ裕香にもいけるって連絡入れとく。今度の土曜の朝十時に裕香の家に集合だってさ」
「わかった、それじゃあ」
そう言い、電話を切ると、僕は一安心した。男性人側はなんとかなったけど、女性人ガ輪はどうなっているのだろうか、後で裕香に連絡入れておこう。
そうして、僕等は一泊二日の旅行に行くことになった。別に僕は旅行が嫌ってわけではなかったけど、今回の旅行をしようとした裕香の魂胆が見えてこない。僕はその部分だけ嫌と感じ、しかし同時に何か特別なことでもあるんじゃないかと期待を持たされた。そういえば、次の土曜日は七月七日、丁度七夕だ。
そして、約束の土曜日になった。僕達はそれぞれの荷物を抱え、裕香の父親が運転する車に乗り、目的地まで目指すことになった。
「なあ、目的地はどこなんだ?」
「それはついてからのお楽しみよ」
そうか、とだけ言い、僕はどこに行くかもわからない車に揺られながら目的地につくのを待つ事にした。車の中では特に会話も無かったが、全員がそれなりに楽しんでいるのは感じ取る事ができた。それに、僕もなんだかんだ言っても今回の事は楽しみだった。
やがて、目的地に到着する。そこは近くに海の見える旅館だった。
「今日はここに泊まる予定よ、各自荷物を持って車からでて」
僕達は裕香に言われた通り、荷物を車から出すと、
「’じゃあ、俺はここらで帰るから、明日帰る時に連絡していくれ」
と裕香の父親は言い、僕達を残して早々に帰ってしまった。まあ、一緒に旅館で一晩一緒に泊まるよりは、一旦帰ってくれたほうが僕としても楽だったけれど。
そうして、僕等は旅館の中に入っていく。部屋まで案内され、そこで荷物を置いた。
「じゃあ、とりあえず海にいきましょう」
たしかに、もう七月になり、海に入るのには充分な気温ではあった。幸い、近くに浜辺もあった。おそらく、裕香はそういったこともすべて計算に入れていたのだろう。
「じゃあ、二部屋予約したから男女に別れて着替えて、海にいきましょう!」
やけに張り切った声で裕香は言った。だが、僕等はその言葉に従うことはできない。
「あのせ、俺等水着なんて持ってきてないんだけど」
「えっ」
裕香は驚いた様子だったがすぐに開き直り、
「ごめん、言うのを忘れていたわ」
「おいおい、この旅行の企画者なんだからしっかりしてくれよ」
「わかったわ、次から気を付けます」
そう言い、裕香は少し考え、ある提案をした。
「じゃあ、近くの店で水着買いましょう。お金ならそれぞれそれなりに持ってるでしょ?」
「まあ、みんな水着一着変えないほど貧乏ではないからな」
「じゃあ、お店にいきましょう」
裕香がそう言い、僕達は近くのお店で水着を買う事になった。
そして、僕等は旅館の人から店の場所を聞いて、そこに向っていった。
しばらく歩くと、店に到着する。僕等は男子と女子の二手にわかれ、買い物を開始した。僕と幸平は男性服売り場で、裕香と真由美は女性服売り場でそれぞれの水着を選んでいた。
男性組である僕と幸平は簡単に、できるだけ安いものを選んで、それを買った。
やる事も無くなった僕と幸平は、女性服売り場にいき、裕香達と合流した。裕香は自分で水着を持って着ていたため水着を買わなかったが、真由美の方はなかなか決まらず、それで時間を食っていた。その時間の中には、裕香が無理矢理露出度の高い水着を着させようとしたから余計に時間がかかっていた。それでも、じきに長かった服選びも終わりを向え、僕達は買い物を済ませ、再び旅館に戻ってきた。
そして、各々の部屋で水着に着替え、僕達は海に向った。海まではそれほど遠くはなさそうだったが、町中を水着で歩くのは少し躊躇いがあった。だが、裕香等他の人物達はそんな事を気にしてはいなかった。なので、僕もそれに見習い、堂々と道を歩いていた。
そんな事を考えている間に海に着く。まだ夏本番では無いせいか、人はそれほどいなかった。なので、僕等は誰にも邪魔されずに海で遊ぶ事ができた。
それら、たくさんの遊びをした。裕香持参のボールで遊んだり、泳ぎの競争をした。結果は真由美が毎回ビリで、裕香が毎回一位だった。
そうして、僕等が楽しく遊んで、時には休憩を入れて過ごしていたら、あっと言う間に夕方になってしまった。
「一旦旅館に帰りましょう」
裕香のその提案に一同が納得し、僕達は一緒に旅館に帰ることにした。
体はまだすこし塗れているが、旅館に入って着替えるまでの間だけ履けばいいので、特に気にする事もなく、僕等は旅館に戻った。
それぞれ着替えて、旅館で出てきた夕食をとり、それおれの部屋で、男性陣と女性陣に別れて御喋りが始まった。そこで、唐突に幸平が僕に言った。
「なあ、何とかして俺と真由美の二人だけって言う状況を作れないか?」
「えっ? なんで?」
「いや、その、あのな、えっと・・・・・・」
幸平は口篭った様子だが、最初の一言から察するに、『俺と真由美を二人きりにしてくれ』という願いが込められていることはわかった。それに、どうやら幸平は真由美の事が好きらしい事も、その言動と行動から感じ取る事ができた。
「わかったよ、じゃあ、俺から真由美に言ってみるよ」
「わかった、ありがとな」
そう言っているときだった。裕香と真由美が部屋に入ってきた。
「おい、ノックぐらいはしろよ」
「別にいいでしょ? もう着替えは済んでいるんだし、誰かが寝ているわけでもないのに」
「でも、不法侵入は不味いだろ」
「不法じゃないわ、これは合法的なものよ」
裕香はそう言うと、ゴホン、と咳をして、改めて言った。
「じゃあ、これから二手に別れて夜のデートでもしましょう」
「「えっ」」
僕と幸平は驚いた。なんでそんな事をするのかわからなかったからだ。だが、真由美はそれに驚いていない、どうやら先に聞かされていたみたいだった。しかし、なぜ突然そんな事を言ったんだろう。いくら考えても答えは出てこない。
「じゃあ、私と卓ちゃん、幸平と真由美に別れて、夜の散歩へと出かけましょう」
裕香がそう言って、僕の手を握ってきた。
「さ、早く行かないと。時間は待ってくれないのよ」
裕香に言われるまま、僕は裕香について行った。幸平が行っていた二人だけの時間を僕ではなく裕香が作るとは思いもしなかったが、どっちにしろ良い事に変わりは無い。心の中で、頑張れ、と幸平に言った。心の中の幸平はありがとう、とだけ思った。そうして、僕は裕香と、幸平は真由美との夜の散歩という名のデートに出かけた。
僕は裕香と二人で歩いていた。しばらく無言で歩いていたが、僕の方から話しかける。
「なあ、なんで夜にデートなんて思ったんだ?」
「実はね、真由美のためなの」
「・・・・・・どうゆう事?」
「つまり、真由美は幸平の事が好きなのよ、だから一緒にデートでもして、告白してみるように私が言ったわけ、だから二人きりにする必要があったの」
「へぇ、じゃあ俺等二人は意味もなくデートしているのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・・・・」
裕香は口籠もってしまった。こうすると僕にはどうしようもない、ただ無言のまま、僕達は歩いた。そして、砂浜に来る。
「ねえ、今日はここで久しぶりに長く、直接話さない?」
「まあ、俺はいいけど、なにか話題はあるのか?」
「特にこれといってはないわよ」
「なら、俺から離していいか?」
「別に、いいわよ」
「じゃあ、話すよ。まずは――
そうして、僕は話し始めた。裕香と会わなかった学校での事、どうやら幸平が真由美を好きだということ、そして自分の推測も話した。
「今日旅行に行こうなんていったのは、七夕の日に星空が見たかったからか?」
出かける前に旅館の人から聞いた。ここの海辺は星がよく見えるらしい。だから、去年と同じように、二人で星空を見たかったんじゃないだろうか。
「まあ、それもあるわね」
裕香はそう答えると、浜辺で横になった。僕も一緒になって横になる。当然、仰向けで寝そべっているので、目の前は空だった。空には絶景ともいえる星空が広がっていた。
「綺麗な星空だね」
「そうね、とても綺麗だわ」
僕等は寝そべったまま、星空を見る。そこに一つの流れ星が現れた。
「まるで去年と同じだな」
「そうね、あの時も確か流れ星を二人で見て、お願い事なんかして見たよね」
「そういえば、裕香はあの時なんて願ったんだ?」
「秘密」
「良いじゃないか、教えてくれても」
「いつか教えるわ」
そんな他愛も無い会話をして、僕達は星空を見続ける。また一つ、流れ星が現れた。
僕と裕香はその星に願いを託す。燃え尽きるか、隕石になるかしかない星だけれど、僕等はその時、その星が願いを叶えてくれるのだと信じた。なぜ信じたかは僕自身、説明のできないものだけれど、それでも今願えば叶うと信じきっていた。
そして、僕と裕香は願いを流れ星に託す。
「ねえ、なんてお願いしたの?」
「裕香が教えてくれるなら俺も教えるよ」
「じゃあ、二人とも内緒って事にしときましょう」
「そうだな、願いは胸の内側に持っていた方がいいもんな」
僕等はそれからしばらく無言のまま空を見た。星々は僕等を照らしてくれているようで、僕はまるで天の川の中を浮かんでいる気分だった。そんな僕の想像は、裕香の一言により現実に引き戻される。
「ねえ、今日一日だけ恋人になってみない?」
「・・・・・・どうしてさ」
「だって、もうここに来れないかもしれないし、勉強とか大変だろうし、会う事もなかなかできない、だから、今夜だけ付き合うことにするの」
裕香の説明は続いた。
「それに、一日だけだったら、互いを特別に思っていても、割り切って楽に話せるようになると思うの」
そうか? 僕は一日だけ付き合うなんて事をやったら意識しすぎて普段通りに生活することも難しいと思うんだけれど、これは僕の単なる思い込みなのだろうか。
「ねえ、一日だけ私と付き合ってくれない、卓ちゃん」
裕香の目は真剣そのものだった。なら僕もちゃんと答えないといけない。
「わかったよ、一日限定で付き合ってやる」
「やった!」
裕香は小さい子供のようにはしゃいで、喜んでいた。そんな裕香を見ているだけで、僕の心もだんだんと高鳴ってきていた。
「じゃあ、まず何をする?」
「そうね、手を繋いで浜辺を散歩でもしようかしら」
ちょっと恥ずかしかったが、僕と裕香は手を繋いで、浜辺を歩きだした。僕と裕香が歩いた後には靴の跡が残っている。そのまま、しばらく僕と裕香は無言で歩いた。
その中で、唐突に、僕は核心の部分に触れようとした。
「なあ、お前は俺の事が好――」
僕が言おうといした時、裕香は黙ったまま、僕の腕を強く握った。とても痛かった。その痛みのせいだろうか、言おうとしていた言葉が口から出てこなかった。僕は、裕香が僕の手を強く握ったのは裕香なりの照れの表れなのじゃないかと自分で勝手に思っていた。だが、その推測もあながちハズレではなさそうで、裕香は顔をすこし赤らめていた。
「まあ、今日の所は聞かないでおくか」
わざと、裕香に聞こえるように言った。それを聞いた裕香は僕の手を握る力を少し緩めてくれた。そして僕等は歩き続ける。綺麗な星空の下で、二人で、一緒に。
しばらくして、幸平達と合流した。幸平と真由美は手を繋いでいた。どうやら無事に告白も終わり、付き合うことになったらしい。僕は幸平を捕まえて、小声で、
「なあ、結局どこまで進んだんだ」
「えっと、キス、まではした」
「マジか」
告白して手を繋ぐぐらいはあるだろうと思っていたけど、いきなりキスなんてしてしまうとは、僕にとってはおかしいと思えるものだった。だが、現代ではそれは普通の事なんじゃないかとも思っていたし、事実キスまでしている人物が目の前にいる事から、僕の中では否定的な感情より肯定的な勘定の方が上だった。
「ところで、お前の方はどうだった?」
「えっ、何の話だ?」
「とぼけるなよ、お前の方もデートしてきたんだろ、そしてそれなりに進歩もあったんだろ。隠さずに教えてくれよ」
「あのな、俺と裕香は一日だけ恋人になるって事にしたんだ」
「はぁ? なんで?」
正直、僕にもよくわからなかった。なぜ裕香がそんな事を言いだしたかも、そしてただ手を繋いで歩くだけで満足だったのかも、なにも僕は知らなかった。
「俺にもよくわからない、だけどそうなった」
「わかったよ、なんでそうなったかはもう聞かない」
そう言い、幸平は再び真由美に歩み寄り、横に並ぶようにした。
「俺等はめでたく、恋人になりました」
まだ言ってなかった裕香に向けて言ったんだろうが、裕香も真由美と話しをしていたから、結末がどうなったかを知っていたと思われるため、その発言に意味は殆ど無かった。
「じゃあ、今日はもう寝るだけか」
「何言っているの? まだお風呂に入ってないじゃない」
「じゃあ、それが終わりなら今日も終わりだな」
「・・・・・・すこし、残念かな」
ぽつり、と裕香が言った。僕は、その言葉が何を意味するかを知っていた。そう、今日が終わってしまえば、また僕との関係は普通の幼馴染に戻ってしまう。ならば――
「幸平達は先に帰っていてくれ、俺と裕香はもう少しデートを楽しんでから戻るから」
「えっ」
裕香が驚きの反応を見せた。僕がそんな提案をするなんて思ってもみなかったからだろう。僕は驚いている裕香の手を握り、歩きだした。方角は旅館とは反対の浜辺への道を歩いた。裕香も嫌な顔をせず、黙って僕についてきた。いや、僕がちょっと強引に手を引いていたからだろう、時々躓きそうになっていた。それでも、僕はそのたびに裕香を支え、裕香は顔を赤くしながら黙って僕と歩いていた。
やがて、砂浜から旅館が見えない位置まで歩いてきたとき、裕香が言葉を漏らした。
「ねえ、なんで私を誘ったわけ?」
「簡単だよ、僕は今日一日しか恋人になれないんだろう? ならその一日を目一杯使うだけだ。なにか文句あるか?」
「いや、べつに文句なんかないけど・・・・・・」
そう言い、再び僕と裕香は歩きだした。砂浜には僕達の足跡が残っている。
やがて、完全に人為的に付けられた明かりが無い場所、月と星空だけが照らすその場所で、僕と裕香は手を繋いだまま浜辺で仰向けに寝た。
「で、これからどうするわけ? 私はこの先の事なんかまったく考えて無いんだけれど」
「なら、空でも見てみろよ」
僕の声に裕香が空を見る。そこには綺麗な星空と、たくさんの流れ星が流れていた。
「流星群、ってやつか」
「すごい、とっても綺麗ね。まさかこれも計算の内だったの?」
「ここから見えることは知っていたよ。ただ次期が少し早いけど」
そうして、僕と裕香はたくさんの流れ星に願いを込める。互いに、何を願ったかは聞かなかった。なんとなく察していたからだ。僕の願いと、裕香の願いが同じものじゃないかと言う事を。それならば、行動に移すことは簡単だった。
「なあ、目を瞑ってくれよ」
「えっ、突然なに?」
「いいから」
僕の言葉に裕香は疑いながらも目を瞑った。さて、準備は整った。夜空には綺麗な星達、そして二人きりというこの場所、ムードは充分あった。
「今日一日だけなら、恋人と同じ事してもいいよな」
そう言い、僕はそっと、唇を裕香の唇に重ねた。裕香はそれに対し驚いていたが、抵抗はしなかった。もしかしたら、裕香もこんな展開を望んでいたのかもしれない。
唇を離し、互いに赤面しながら、でも確実に言葉を紡ぐ。
「今日一日だけっていうのをやめにして、普通の恋人にならないか?」
「嫌よ」
僕はその言葉に驚いた、キスまでしたのに恋人になっちゃいけないのか、と僕は落胆した、だが、
「普通の恋人じゃ駄目よ、特別な恋人じゃなきゃね」
そう言い、今度は裕香の方からキスをしてきた。僕はそれに抵抗せずに、優しく、すこし強く、裕香を抱きしめた。夜空には、無数の星達が流れていた。
そして、僕と裕香はカップル成立となり、二人で旅館まで戻った。
そこには待ち構えていたように幸平と真由美がいた。
「なあ、結局どこまで二人の関係は進んだんだ?」
「お前等と同じだよ」
「てことはキスまではしたんだな」
「・・・・・・恥ずかしいけど、キスまではした」
そうか、とだけ幸平は言い、僕等は各自の部屋に戻り、夜も遅くなっていたので、そのまま眠る事にした。今日は良い一日だったと僕は思いながら眠りに落ちた。
翌朝、僕は幸平に起こされて起床する。顔を洗い、着替え、裕香と真由美と合流した。
「それじゃあ、お父さん呼んじゃうけど、もう心残りはないわね?」
「ああ、もう充分旅行を満喫したよ」
そんな事を言いながら、裕香は携帯電話を使い、父親をよんだ。しかし、裕香の父親が来るまで少し時間がある。僕等はその時間をそれぞれの恋人と共に過ごすことを決めた。
僕と裕香は御土産を買うために店にむかった。旅館からそれほど離れていない場所にその店はある、来た時に一度見ているから覚えている。
「発デートが御土産買いなんて、少し嫌ね」
そんな愚痴を零しながらも裕香は僕の後をついてくる。そして、横に並び、そっと手を繋いだ。僕はそうすることで、自分にも彼女ができたのだと実感させられてる。しかもその彼女が幼馴染だなんて、まるでゲームの設定のようだった。
そして、僕と裕香は初デートを御土産買いに使い、色々と持って帰る物を買った。
そして、迎えの車が到着した。僕達は荷物を車に積み、車に乗り込んだ。
「今日はこれで終わりだけれど、来年も来れるといいわね」
「ああ、今から楽しみにしておくよ」
そう言いながら、車に乗り、旅館を後にした。
来年もまた来るだろう。そう思いながら、僕達は帰っていった。
それから車に揺られること数時間、裕香の家に着いたので。僕等はそこで解散した。
今日も昨日も、僕に取っては特別な日だった。
いや、これからも特別な日々になっていくのだろう、裕香という存在があるかぎり。
そうして、僕と裕香の恋人という関係は始まったのだが、それから週に一度のデート以外では顔も合わさない、といった状況になってしまっている。裕香が言うには、
「毎日会っていたら飽きるじゃない、だから週に一度だけ会う事にしましょう」
と言っていた。たしかに、毎日あっても話題が無いので、週に一度ぐらいが丁度いいと僕も思った。ただ、週に一回しか合えないのは少し悲しかった。だが、それもし方の無いことだ、と割り切って、僕は日々を暮らしている。
そんな12月のある日、事態は突然起こった。
いつも通りのデートのあと、裕香が僕に言った。
「私ね、もうすぐ引っ越すの」
「えっ・・・・・・」
僕は驚愕を隠せなかった。
「それでね、海外に行って、もう会う事も連絡を撮ることもできなくなるの」
裕香の言葉に僕は落胆させられる。
「もう、会えなくなるのか?」
「うん」
短く裕香は答えた。その言葉に僕の感情は大きく揺さぶられ、そのまま壊れてしまいそうだった。そんな心を抱えながら、僕は裕香に必死に自分の意思を伝える。
「もう会えなくなるなんて嫌だ、月に一度、いや年に一度だっていい、それだけでもいいから、僕は君に会いたいんだ」
「でもね、海外に行くと色々とやる事をやらないといけなくなるから、しばらくは会えなくなるわ」
「そんなのって・・・・・・」
僕は心の奥から悲鳴を上げていた。なんで僕等は離れ離れにならなければいけないのか、その理由を神にでもなんでもいい、誰でもいいから答えて欲しかった。だがその言葉はもっとも聞きたくない相手から言われてしまった。
「私と卓ちゃんが離れ離れになるのはし方の無い事なの、だから、諦め――」
「そんな簡単に諦められるかよ!」
僕の声は大きくなっていた、感情が押さえられなかった。
「そんなのって・・・・・・ありかよ・・・・・・」
僕のその悲痛な声に、裕香はそっと僕に近づいて、顔を近づけキスをした。
そして、無情にも引っ越す日にちを教えられた。
「今月の二十日に引っ越すから、それまでは一緒に居られるわ。あと二週間も無いけど、その間なら、学校を休んででも思い出は作ることができる」
たしかに、思い出はいくらでも作れた。だが後二週間もない、それに、二週間後にはもう裕香は海外に行ってしまう。なら僕はどうすればいいんだろうか。答えは簡単だった。
「じゃあ、俺は学校休んででも裕香と一緒に居る」
「だめだよ、それじゃあ卓ちゃんの人生が狂っちゃう」
「大丈夫さ、たった二週間だろ? 最悪留年してもいい。僕は裕香と一緒に居たいんだ」
「なら、構わないけど」
そうして、僕と裕香の二週間もない日々は始まった。
僕と裕香は色々な事をし、楽しく、目一杯遊んだ。テーマパークに行って見たり、二人だけで日帰りの旅行に行ったり、たくさんの事をした。だが、時間は無情にも進んでいく。
そして、引越しの前日、十九日を迎えた。僕と裕香は本当に最後の日になってしまう今日の日を大切に使う事にした。そして、僕等は歩く、目的地はない、ただ町中を話しながらぐるぐると回っているだけだった。そして時間も過ぎ夕方になる。
僕と裕香は公園のベンチで、二人並んで話していた。
「もう、私達はこうして公園のベンチに一緒に座る事も無いのね」
悲しげに言った裕香の言葉に僕も心を悪い方向へと動かせられる。
だが、僕はそれでも立ち直る。
「きっと、こことは場所も変わるだろうけど、俺と裕香はいつかまた二人でベンチに座ることができると思うんだ」
「でも、私はこの国からいなくなるのよ?」
「なら、俺が会いに行ってやるよ」
「簡単に難しい事を言うのね」
そんな会話をしていると、時間は過ぎ、夜になる。
「今日の夜空は晴れていて、天体観望には打って付けね」
「ああ、それに、今日あたり見れるはずなんだ」
「何を?」
「それは秘密だよ」
僕は意地悪にそう言うと、ベンチに座ったまま、空を見上げた。
「じゃあ、私、そろそろ帰らないといけないから」
「いや、ちょっとだけ待ってくれ」
「?」
裕香は疑問に思っていたが、僕の狙いはもうすぐやってくるはずだった。望遠鏡で確認しながら、ネットで情報を集めながら、僕はこの日を待っていた。
そして、それはやってきた。それは、ふたご座流星群だった。
無数の星々が流れていく空を、旅行に行ったあのときのように、僕と裕香は二人で見上げていた。空気が悪いのか若干見づらいが、それでも確認はできる。
「綺麗だね」
「ああ、綺麗だ」
「ちょっと早いクリスマスプレゼントだね」
「ああ、そうとも感じとれるな」
そんな言葉を口々に言いながら、僕と裕香はしばらくその星空を見ていた。しかし、終わりは確実にやってくる。
「じゃあ、そろそろ私は帰るわ。もう会う事もないのね・・・・・・」
僕はその一言を聞いただけで、永遠に合えなくなる可能性を感じ、慌てて言った。
「なあ、最後にキスしてくれよ」
それを聞いた裕香は僕の顔にそっと近づくと、唇を重ねた。そして唇を離す。
「じゃあ、今度こそ帰るね、明日は朝早くに引越しだから、たぶんもう会えないね」
そう、これが裕香と僕との最後の時間なんだ、そうおもった僕は不意に言っていた。
「メールと電話はできないから、手紙だけだしてくれよ、返事も必ず返すから」
「わかっているわよ、そんなこと」
そう言い、裕香は帰って行った。
取り残された僕はしばらく星空を見ながら思いにふけていた。
これで、本当のさよならだ。僕は裕香と会う事は無くなる。ならば僕に何ができるだろうか。答えは簡単だったが、同時に難しいものでもあった。それはというと――
「お金ためて裕香の家に行くか、裕香が日本に戻ってくるのを待つかのどっちか、か」
思わず口に出してしまったが、それ以外の方法は思い浮かばなかった。手紙を毎回受け取り、それの返答を返して、それで僕はどちらかの道を選ばなければならない。だが、それを決めるのはもっと先のことだ、今はただ、裕香からの手紙を待つことしよう。
その時、空には流れ星が流れていた。この星は何のために流れているのだろうか。僕が思うに、それぞれの夢や願いを叶えてくれるために、今日も流れてくれているのだと思う。